「死ね」という教育は間違っている。
日本軍が沖縄にやってきて、敵に捕まる前に「死ね」という教育を行いました。この教育がなければ、断崖から飛び降りる者はいなかったでしょう。手榴弾を抱えて我が身を木っ端微塵にしてしまう者もいなかったでしょう。みんな生きることができました。「死ね」という教育は間違っている。
仕事柄、何度か沖縄を訪ねています。この言葉は2006年の2月、ひめゆり平和祈念資料館で元ひめゆり隊の女性から聞きました。この言葉は、私の中で圧倒的な重さを持ち続けています。そして常に背筋を正させます。
2018年9月に訪ねた時は、入り口にあった英文のあいさつに目が留まりました。英語は不得意ですが、日本語の挨拶文からは感じ取れないニュアンスを、英文から感じ取りました。その時に手書きで記録した英文です。
We will never forget the horror of the world wor2 militaristic education which drove us to the battlefield with no skepticism but rather with a willingness to serve.
〔拙訳〕私たちは第2次世界大戦の軍事教育のぞっとする恐ろしさを決して忘れません。その教育によって私たちは、何の疑いもなく、むしろ喜んでお仕えしようという心とともに戦場へ追い立てられたのでした。(drove usは日本語として自然な感じにするために受け身で訳してみました。)
「死ね」という教育に、何の疑いを持たなかっただけでなく、喜んでお仕えしようとしたということでしょうか。そして自らの、そして家族の命を絶ったのでしょう。
無垢で純粋な人間は、教育したとおりに教育されてしまいます。「死ね」という教育は間違っている。その通りです。…この言葉を私は、次の世代へ受け継ぎます。