「神とは希望である」という表現は、すっと心に入り込みました。
特定の宗教や宗派を信仰していないので、「神とは…」という問いについて深く考えたことはありません。けれども先日たまたま、宗教的な信仰を前提にせず、思考実験的に「神とは…」という問いの答えを探す機会がありました。
具体的には、「言葉の記録」の中でしばしば取り上げている「夢」、「希望」、「目標」の3つの言葉を、「神とは**である」という言葉の**に当てはめてみたのです。
まず、「神とは夢である」という表現ですが、これは直感的に間違っていそうです。また、「神とは目標である」は普通に考えてありえません。ところが、「神とは希望である」という表現は、すっと心に入り込みました。さらに、この言葉に「言葉の記録(働く人へh3)」の「希望とは存在である」という言葉を三段論法的に加えるならば、「神とは存在である」という言葉ができあがりました。
ひょっとすると「神とは希望である」という言葉には、「神とは…」という問いを考えるための重要な手がかりがあるのかもしれません。また、それゆえに「希望」という言葉には、「夢」や「目標」という言葉が持っていない特別な意味があるのかもしれないです。