必死になるな 夢中になれ
「必死になって働く」も「夢中になって働く」も、一生懸命働くという意味では変らない。だったら「必死」と言わず「夢中」と言おう。
必死という言葉には悲壮感がある。何かを犠牲にして苦しんでいる感じになる。だから、より一層頑張っているように見える。しかるに夢中という言葉には、我を忘れる感じがある。無我夢中と言う。だから夢中と言うときは、大変さを楽しんでいる感じになる。
必死も夢中も一生懸命、同じことなら楽しめば良い。夢中になって楽しもう。必死になるな、夢中になれ。夢中と言えば楽しめる。
実業家の外村仁さんがある講演会でこう言いました。これからは「幸せ」を表現するときには、「夢中になる、貢献する、繋がる」と言う言葉を使います。「努力する」時代ではなく「夢中になる」時代です…と。全く同感です。
いっしょに読んでください。