コロナの頃に


輝こうとする力は自らの内にあります。


 2020年2月、日本でもコロナが猛威を振るい始めました。月末には政府が臨時休校を命じました。そのため、2020年4月に高等学校へ入学した学年は、中学校の卒業式がなかったり、高校の入学式がなかったりしました。早いもので、その学年の人たちが、今年4月には大学4年生あるいは働き始めて4年目になるはずです。

 次の文章は、コロナが始まって1年経過した2021年3月に、当時の勤務校の同窓会報に載せたものです。この文章は当時の私の思いを、そしてまた今現在の私の思いを、最も簡潔に伝えることのできる文章だと思っています。そのため、「言葉の記録」では過去に作成した文章の掲載は行っていないのですが、今回は特別にこの文章を、個人団体等が特定できてしまう言葉だけを修正して次に掲載します。


《最上なものは》

 令和二年はコロナの兆しで始まりました。そして二月以降、人と接することが大きく制限されるようになり、学校は三月から五月まで臨時休校となりました。六月に分散登校により再開されましたが、部活動や学校行事は自粛が求められ、県の高校総体は勿論、夏に予定されていたインターハイも、秋の総文祭も、全て中止になりました。卒業式や入学式は縮小・簡略化が求められ、米国へのグローバル研修や探究活動における県外活動は全て中止。修学旅行だけはぜひ実施したいと思いましたが、社会情勢を考慮して中止せざるを得ませんでした。高校時代の楽しいことが何もできなかったという生徒たちの嘆きが聞こえてきました。

 ただそんな中、スポーツの日だけは実施することができました。これは、生徒会や体育行事専門委員が開催方法を工夫し、生徒全員がその趣旨を理解して一致協力したことによる成果でした。自粛ムードが蔓延する九月十八日、スポーツの日に取り組む生徒の姿を見て、改めて本校生の能力の高さを感じました。この様子を、感染防止対策を十分に行った上で受け入れていた教育実習生は、「まぶしすぎる」と評しました。全くその通りでした。

 コロナの終息を願うばかりですが、この状況は今しばらく続くと覚悟しなければなりません。しかし世相がどんなに厳しくとも、輝こうとする力は自らの内にあります。いつの時代も、この輝こうとする力によって苦境を乗り越えてきたのが本校生のはずです。

 NHKの朝ドラに「花子とアン」という番組がありました。その卒業式の場面で、ブラックバーン校長先生の贈る言葉を、花子が「最上なものは過去にあるのではなく将来にあります」と訳します。「将来」は「まさに来たらんとす」とも読みます。素晴らしい言葉だと思いました。最上なものが、これからやって来ます。その日を楽しみに、今日を明日へ繋げましょう。(2021年3月)


 コロナは社会を大きく変えました。人生で最も多感な時期を、コロナの「自粛という禁止」によって奪われた若者が大勢いたことは事実です。けれど、今、その若者たちはたくましく生きているし、新しい感覚で世界を拓こうとしています。その若者たちに、今改めて、心からエールを送ります。


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