努力ではなく


能力を向上させるために、努力は必要ありません。練習してください。そして勉強してください。


 正月休み中に、Netflixで「のだめカンタービレ」という昔のドラマをイッキ見しました。その中で指揮者を目指す「千秋」は、コンサートの演目のブラームスを夢中になって「勉強」します。ピアノコンクールで優勝を目指す「のだめ」は、寝食を忘れてピアノの「練習」に励みます。ドラマの中では「努力」という言葉はまったく出てきません。

 そのドラマを見ていて、私はハッとしました。そうだ、「勉強」と「練習」だ、「努力」じゃない、能力の向上を目指すハードワークに対しては「勉強」とか「練習」という言葉が適当だ、と閃きました。

 思うに、「努力」という言葉には「評価」が含まれているようです。だから、たとえば過去の練習を評価して「優勝目指して努力しました」と言う表現は落ち着いているし、よく使います。けれども、「優勝目指して努力しています」という表現はあまり使いません。こう言うと、現在進行中の自分の行動を自己評価した感じになってしまいます。限界感や自己満足感が伝わってしまいます。したがって、普通は「優勝目指して練習しています」と言うはずです。

 また、たとえば「私は業績を上げるために努力しています」というような表現を目にすることがあります。この表現は、自分の仕事を「努力」と自己評価することによって、自分の仕事をハードワークとして他人に認めてもらおうとしたり、もしくは自分自身を励まそうとしたりする時などに使う表現です。自分の能力を向上させることを意図した表現ではありません。もし、業務に取り組む私の能力そのものを向上させようとしているならば、「私は業績を上げるために勉強しています」という表現を使うはずです。

 こう考えてくると、能力の向上を目指すハードワークを表現する言葉は、「勉強する」または「練習する」が適当です。「努力する」ではありません。だから、能力を向上させるために、努力は必要ありません。練習してください。そして勉強してください。そうすれば後で誰かが、「努力した」と評価してくれるはずです。



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