冷たい水の中を


共感はエネルギーになる


 伊豆の下田に旅行しました。2時間ほど市内を散策する予定でした。宝福寺というお寺があります。坂本龍馬や勝海舟が訪れた場所ということなので、そこへも立ち寄りました。さっと見て次の場所へ移動し、お茶をしようと考えていました。が、さっと見て立ち去ることはできませんでした。

 宝福寺は唐人お吉が葬られている場所としても有名で、その記念館があります。お吉は、アメリカ総領事ハリスの待妾として奉公させられた女性ですが、記念館に入ると受付の人が、これから語り部の話しがあるから聞いていけと言います。聞く予定はなかったのですが、途中で席を離れればいいと思い、聞くことにしました。

 「私は81歳」と語り部の女性は自己紹介しました。そして、お吉の生き方に共感して私はここで話している、と何度も強調しました。白くなった長い髪を一本かんざしでまとめています。お吉を語るというよりは、お吉になり切って自分を語っているという感じでした。なによりも、その語りの圧がすごかった。その圧に圧倒されて、席を立つことができませんでした。

 お吉は、人々の冷たい視線を浴びながらも過酷な運命を必死に生きました。その姿は、たとえそこには事実ではない部分があったとしても、多くの人々の共感を誘うようです。だからこそ、お吉を題材とした小説や演劇も生まれたのでしょう。

 話しの途中で、「冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ」という中島みゆきさんの「ファイト」のサビの歌詞が思い浮かびました。この言葉への共感は、人々の冷たい仕打ちや自分自身の無力さに立ち向かおうとする人へ力を与えます。

 あの81歳の女性の圧を生み出しているのは、お吉への共感ということです。昭和の頃に多くの小説や演劇が生まれたきっかけも、お吉への共感です。「共感はエネルギーになる」と理解しました。

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