なりたい自分を見つけるということは、就きたい職業を見つけるということではなく、人間としてどう生きたいかを見つけるということにならないだろうか。
理学療法士を志したK君の話をしよう。
高校時代のK君は、優しくて極めて誠実な学生だった。今はもう、高校を卒業して十年以上経つから、三十歳半ばの働き盛りだと思う。高校卒業後は、彼がまだ大学生だった頃に一度会ったきりなので、その後の消息は知らない。けれど、今も変わらず、優しくて極めて誠実な生活をしていると思う。
K君はまた、非常に成績優秀な学生だった。国立大学の医学部に楽に合格できるくらいの学力があった。当然、東京大学も選択肢にあり、受験すれば合格したと思う。けれど、K君が選択したのは某国立大学の医学部理学療法学科だった。当然合格した。センター試験の結果からすれば、おそらくダントツ一番だったと予想される。
三者面談では、私はK君に医学部医学科を薦めた。けれど、彼はかたくなに理学療法学科にこだわった。昔のことなので私の記憶に不確かなところがあるのだが、本人だったか家族の誰かだったか、ある理学療法士に、彼が中学生の時に世話になったのだそうだ。そしてその人が大変優しい人で、自分もあんな人になって苦しんでいる人を助けてあげたい、と思ったのだそうだ。
こういうK君は、進路実現という点でも模範生である。一般的に高等学校の進路指導では、入学と同時に生徒たちに将来の職業を考えさせる。そしてそこをゴールとして、たどり着くためのレールを設定し学校生活のあり方を考えさせる…という指導を行っている。そんな中、K君は高校入学の時にはすでに将来の職業が決めてあり、そのゴールに向かって勤勉な高校生活を過ごした。そして目標をみごとに達成した。
そんなK君に、高校卒業後一度会ったと言った。それは成人式の後で、高校時代のクラスの仲間が同窓会的に集まった席だった。誰もが自分の現在の生活を生き生きと語る中で、彼だけが明るくなかった。もちろん、K君は充実した学生生活をしていると語った。けれど明るくなかったのである。どんな話だったか、その具体的な内容は忘れてしまった。忘れてしまったけれど、話の最後の方で私はK君に、医学科へ転科したら…と言ったことを覚えている。高校時代のK君なら、私の言葉を即座に否定したと思う。けれどその時のK君は、否定しなかった。否定しなかっただけでなく、そうですね、と伏し目がちに言ったのである。そしてその声の小ささと静かさが、今も強く私の印象に残っている。
K君が今何をしているのか、私は知らない。けれど、とても気になっている。今、どこで何をしているのだろう。理学療法士は、K君にとって間違いなく「なりたい自分」だった。だからおそらく理学療法士になって、人に優しく接し、苦しんでいる人を助けてあげることのできる人になっていると思う。けれど、あの時のあの声の感じからすると、K君は他の職業を選択しているかもしれない。その可能性は大きいと思っている。
ところで、K君がなりたかったのは、本当に理学療法士だったのだろうか。もし、高校を卒業するときに、高校時代の経験と学習を踏まえてなりたい自分を選択することができたなら、別の選択肢があったのではないだろうか。さらに、それが大学を卒業する時であるならば、もっとたくさんの選択肢が与えられていたような気がする。選択肢を知らない未熟な時に、限られた選択肢の中から自分の人生を決めるのは、自分の様々な可能性という視点において極めて過酷なことであると感じてしまう。
ただ、K君の場合、中学・高校・大学のいつの時代に職業選択をしたとしても、なりたい自分の根幹に存在する精神は変わらないような気がする。それは、人に優しく接し、苦しんでいる人を助けてあげられる人になりたい、という気持ちである。理学療法士になっても、他の職業であっても、K君のこの気持ちは変わらないはずである。
それなら、なりたい自分を見つけるということは、就きたい職業を見つけるということではなく、人間としてどう生きたいかを見つけるということにならないだろうか。職業は、あくまでもなりたい自分を実現する手段であって、なりたい自分そのものではない、と考えるのが良いと言うことだ。
K君の進路実現はレールの上を一直線に走ったように見えたけれど、実際は紆余曲折を経ることになったのではなかろうか。そして、紆余曲折する中で見つけた道を今、自分の意志で真剣に歩いていることと思う。
K君に、そしてこのコンテンツを読んでくださった人に、さらには曲がりくねった道を誠実に歩もうとするすべての人に、私は心からエールを送りたい。
いっしょに読んでください。