根府川駅の標識の先に根府川の海が見えます。
この駅、有名です。茨木のり子さんに「根府川の海」という詩があるからです。
根府川駅はJR東海道線を西に向かって進み、小田原駅の二つ先、早川駅の次の駅です。熱海に到着する前に、何気なく通り過ぎてしまう小さな無人駅です。
けれどもこの駅、有名です。茨木のり子さんに「根府川の海」という詩*があるからです。「根府川/東海道の小駅/赤いカンナの咲いている駅」で始まる詩です。「たっぷり栄養のある/大きな花の向うに/いつもまっさおな海がひろがっていた」と続きます。
とても印象的な詩です。赤いカンナと少女、そしてその少女の視線の先には真っ青な夏の海が広がっています。少女は黙って海を見つめています。そして少女の周りには時間が止まったような静寂が漂っています。
根府川の海 2025.7.31撮
少女の視線の先には「ひとひらの波」がありますが、実際は、その波のもっとずっと遠くにあるものを見つめているようです。いったい何を見つめていたのでしょう。
この詩の中には、女性として生きるということを真剣に問い詰めている若き日の茨木さんがいます。何を思っていたのかはわかりません。けれど、その純粋な眼差しに、そして誠実に生きようとしている強い意志に、私は心を打たれます。
しかるに、この視線=眼差しは茨木さんだけのものではない。時に電車の中で、またあるときには街角で…、偶然この眼差しに出会うことがあります。人は誰も何かの拍子に、不用意にこの眼差しを人に見せてしまうことがあるようです。
人気のない根府川駅は静かです。そして風と波の音と、海を見つめていた少女の気配を感じます。少女の視線は堂々としているがゆえに美しい。隠すことも恥ずかしがることも忘れた一途さ、誠実に生きたいという強い意志が、そこに結晶しているからだと思います。
* できれば詩集を手に取って楽しんでください。「根府川の海」の全文が掲載されたサイトもあります。
根府川駅のカンナ 駅舎の南西の脇に今もひっそり咲いています。 2025.7.31撮