「知命」とは、「50歳を過ぎても天から命令が下る」ということです。
孔子は54歳の時に魯国の政治を任され失敗します。そして、その後14年間、仕官を求め放浪の旅に出ます。そして、時に死にそうになります。
……なんで? なんで孔子は50歳で天命を知ったといいながら、つまり自分の使命がわかったといいながら、あるいはものごとのあるべき道理がわかった* といいながら、そんな無駄なことをしたの? これが、長い間、私の疑問でした。
先日、私の友人が64歳で結婚しました。相手の女性は40歳代で、互いに初婚です。その席のスピーチです。
「川原(仮名です)、結婚おめでとう! 二人の結婚は天命だよ。天の命令なんだよ。天が結婚しろと二人に命令したんだ。人間は50歳過ぎても、昔なら棺桶に足を突っ込む頃になっても、今なら終活を始める頃になっても、天から命令が下るんだ。人生を大きく変えるような変化が訪れるんだよ。孔子には50歳半ばで天から命令が下ったんだ。仕官しろと。だから50歳過ぎてから、死にそうになってまで仕官を求めて旅を続けたんだ。だから言ったんだよ。五十にして天命を知ると……。」
「知命」とは、「50歳を過ぎても天から命令が下る」ということです。生きている限り、天命を受け止める力を保ちたいです。
* 岩波文庫「論語」の金谷治先生の注には「天命――朱子の新注は、天が物に賦与した正理でものごとのあるべき道理だと解し、それに従って人間の内的な道徳的使命とみる説が有力であるが、「命」字の用例から帰納すると、天のさだめごと、人間の力をこえた運命としての意味が強い。天は不可知なものである。」とあります。
いっしょに読んでください。