星の数ほど希望はあります。多すぎて見えないだけです。
皆さんご存じと思いますが、佐々木希さんは女優で、とてもきれいな人です。その佐々木希さんが、もし佐々木望さんだったとしたら…とあるとき考えてしまいました。
「望」は「遠くに見える」という意味です。実際にきれいな人が「遠くに見える」という名前だったとしたら、距離感が生じて親しみを感じられなくなってしまいます。
一方、「希」は「少しある」という意味で、これを「のぞみ」と読めば「わずかな可能性」という意味になります。きれいな人の中にあるわずかな可能性とは何か…と思いを巡らす時、そのきれいさがより引き立つと思います。
希望という言葉があります。上記の理解にしたがえば、「わずかに、遠くに見えるもの」という意味です。「希望がある」とか「希望を持つ」とかという表現を用いるときの意味です。ゆえに、希望は星に喩えられることが多いです。「希望の星」という表現もしばしば用いられます。
星を見定めている人は、その星を目指してまっすぐ進みます。だから見守っていれば良い。一方、星が見えていない人は、進む方向に迷いが生じます。そしてその迷いは、星を見定めることができるまで続くと思います。
星が見えていないのは、星がないからではありません。多すぎて見定められないだけのことです。目指すべき星がどこにあるのか、その場所を見定めることは難しいです。けれど見つけるきっかけはどこかにあると思っています。
星の数ほど希望はあります。多すぎて見えないだけです。
いっしょに読んでください。