なりたい自分



なりたい自分を見つける

 
 私が教員になった頃は、ツッパリとか暴走族とか落ちこぼれとか…、高校生の生活が荒れていた時代でした。そういった状況を何とかしようとして学校では「なりたい自分になる」という指導が行われました。昭和の終わりの頃のことです。
 
 けれどもあの頃、なりたい自分が決まっていた生徒はどれくらいいたのでしょうか。世間はバブルで浮かれていたけれど、世の中がどのように変わっていくかなんて、子供はもちろん大人にだって予想できませんでした。だから自分の将来を見通すことはとても難しいことでした。

 その中で、15歳の高校1年生の4月に将来の夢を語らせ、つまり「なりたい自分」を決めさせ、それを高等学校の3年間で実現させようとしたのが「なりたい自分になる」という教育でした。夢を実現するために、生活態度をコントロールさせようとしたのです。

 「夢を実現する」という思想はわかりやすく、説得力があり、魅力的です。そして間違ってはいない。若かった私は、それなりに真面目に「なりたい自分になる」という教育に携わりました。けれどこの方法には違和感がありました。なぜなら私自身にも夢といえるものがなかったからです。

 私の教員生活は、このような違和感の中で始まりました。

 「なりたい自分になる」という指導は、年号が令和となった今でも継続していると思います。この指導の根本にある「夢を実現する」という思想は、とてもわかりやすいからです。

 しかし実際は、昭和の時代も、そして令和の時代になっても、「なりたい自分なんてまだわからないし、夢と呼べるほどのものなんて今はないよ、普通のサラリーマンになって普通の生活ができればそれでいいよ」と答える生徒が、相当数いると思います。

 だから、高校時代というのは必ずしも、りたい自分になるための時間でなくてよいはずです。むしろ、なりたい自分がわからない人が、なりたい自分を見つけるための時間であるべきだと考えます。

 そう考えると、教員はどのような仕事をすればよいのかが見えてきます。教員の仕事とは、生徒がなりたい自分を見つけることができるように環境を整え、なりたい自分を見つけようとする生徒に必要な支援を与え続けることである、ということになります。だから、いつも生徒の側にいて、いつも生徒を見守っていることができれば、教員として必要な仕事はやり遂げたと言えると思っています。

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