志学とは



15歳の孔子は学問の意味などわからず、むしろ学問の意味を問いただそうとして、学問に志したのではなかろうか。


 孔子は15歳で学問に志したと言う。けれど15歳の孔子は、学問をすることの意味をあらかじめ知っていたのだろうか。学問という意味のあることを、自分もやろうとしたのだろうか。

 だいたい孔子は、自分が学問をしたことによって、学問をすることの意味を世に知らしめたのではないだろうか。だとすれば、15歳の孔子は学問の意味などわからず、むしろ学問の意味を問いただそうとして、学問に志したのではなかろうか。

 孔子にも15歳の心はあったはずだ。だからおそらく、孔子が学問に志すと言ったときの時の心境は、こんなことを言うと誰かに怒られてしまうかもしれないけれど、盗んだバイクで走り出すと歌った尾崎豊さんの「15の夜」の心境に、似たものがあったにちがいない。

 15歳の孔子は学問の意味などわからなかった。けれど15歳の時に学問に志した。そして自分の人生をかけて、学問の意味を問いただした。その結果孔子は、「学問とは何か」という問いの答えを見つけることができたのである。

 答えを見つけた孔子は、30歳の時に而立する。而立した孔子はその後さらに学問を続け、世の中の人々の希望となったのだと思う。


いっしょに読んでください。


投稿日

カテゴリー: